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国際終戦平和記念園区

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更新日:2022-08-20
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紹介

国際終戦平和記念園区は1942年から1945年まで日本軍の金瓜石捕虜収容所でした。当時の捕虜収容所の中では最多の千名以上に上る第二次大戦期の捕虜が収容されており、イギリス、カナダ、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、アメリカなどの連合国が含まれました。収容された連合国の捕虜に与えられた労働が銅鉱の採掘だったのです。当時の生活や労働の条件は満足とはいえず、厳しい管理、医薬品の不足、不慣れな土地などの要因から、ここで命を落とした捕虜も少なくありません。


台湾戦争捕虜収容所記念協会(Taiwan P.O.W. Memorial Society)が1997年に『ある戦争の物語』というドキュメンタリーを上映すると、エドワーズ氏とともに多くの人が金瓜石捕虜収容所を訪れました。後に戦争捕虜記念協会では積極的に活動して金瓜石の連合軍捕虜収容所跡地にある銅山里社区公園に記念碑を建て、1997年11月23日、しめやかに追悼式が行われました。


11月14日はイギリスが金瓜石捕虜収容所に進駐した日であることから、台湾戦争捕虜収容所記念協会では毎年11月にここで追悼式を行っています。収容所は現在、当初の門柱と外壁を残すのみとなっています。新北市観光局ではこの園区の歴史と文化的意義に着目し、「国際終戦平和記念園区発展計画」を推し進め、この第二次大戦期の捕虜収容所を観光の目玉として、植樹を行って改善し、歴史を解説する案内板を増設しました。そして美しい造形でメモリアルの意味を中心に据えた記念碑とともに、台湾のローカルイメージを取り入れて、唯一無二の斬新なランドマークへと変貌を遂げました。


参考資料:取材訪問、中央研究院デジタル考古収蔵博物館ウェブサイトの紹介、台北e大デジタル学習ネット

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