台湾観光100スポット:「鶯歌」

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台湾観光100スポット:「鶯歌」

「鶯歌」では、陶土の美が文化の光と熱を育んできました。200年以上にわたる製陶の歴史が、深く厚みのある工芸の基盤を築き上げ、産業転換の荒波を乗り越えてきた現在、「鶯歌」は陶磁器産業の一大拠点であると同時に、新北市の芸術文化の源泉ともなっています。交通部観光署の「台湾観光100スポット」に選ばれた「鶯歌陶瓷老街」では、陶芸体験を通して陶芸の美しさを自ら体感できます。さらに、2025年4月にオープンした「新北市美術館」まで足を延ばせば、現代アートと地域文化が交差する空間のなかで、インスピレーションの火花がきらめきます。

鶯歌老街地標

「鶯歌」と陶磁器産業
「鶯歌」は「大漢渓」の北岸に位置し、「三峡」と遠くから互いに望み合う位置にあります。臺鉄「鶯歌駅」は、この陶磁器の都における交通の要所であり、かつては三峡山地で採掘された石炭を運ぶ中継駅として機能していました。今日の「鶯歌」は、陶磁器と芸術を象徴とし、観光の名所へと転換を遂げています。
鶯歌火車站

「鶯歌」の陶磁器づくりの歴史は200年前にさかのぼります。この地には、粘土や豊富な薪や石炭といった資源、さらに「大漢渓」の水路輸送など、陶磁器産業の発展に適した自然環境が備わっていました。最盛期の「鶯歌」では、立ち並ぶ工場の煙突が、「鶯歌」を象徴する風景となっていました。
鶯歌陶瓷老街

「鶯歌陶瓷老街」は、「尖山埔街」「育英街」「重慶街」に囲まれた街区に位置し、新北市政府の整備を経て、かつての窯工場は、陶磁器専門店やアートスタジオ、DIY(手作り)体験教室、展示販売センターへと華やかに生まれ変わりました。台湾における体験型観光の先駆けとして、通りを歩けば、親子がろくろ体験教室で笑い合いながらふれあう光景が見られ、「鶯歌」ならではの温もりある日常の風景が広がっています。
鶯歌老街入口處陶瓷意象
鶯歌手拉坏體驗

「鶯歌陶瓷老街」の南側に位置する「新北市立鶯歌陶瓷博物館」は、台湾における陶磁器産業の発展の歩みに焦点を当て、先人たちがこの地で築いてきた暮らしの軌跡を伝えています。また、陶磁器博物館は「鶯歌」の活気ある陶芸コミュニティと積極的に交流を重ねるとともに、文化観光の整備や国際的な陶芸文化の交流にも取り組んでおり、「鶯歌」の陶芸の魅力を深く知るための絶好のスポットとなっています。
小客於鶯歌陶瓷博物館體驗活動

「新旺集瓷」で楽しむ陶芸DIY体験
1926年創業の「新旺集瓷」は、約100年にわたり「鶯歌」の陶磁器産業の栄光と革新を見つめてきた存在です。「鶯歌」で初めて中央政府の評価を受けた観光工場である「新旺集瓷」は、自社の製陶工場を改装し、広く明るいDIY体験エリア、軽食を楽しめるカフェスペース、展示販売エリアといった空間を整備することで、陶芸に「生活感」を取り戻しました。また、自社ブランドの磁器製品に加え、台湾や日本のアーティストによる作品の紹介・販売にも力を入れています。
新旺集瓷門口
新旺集瓷入口

「新旺集瓷」はまるで"生きている陶芸のタイムマシン"のような存在です。工場内には、ガス窯や足踏み式のろくろといった昔ながらの設備が保存されており、訪れる人々を往年の陶芸時代へといざないます。館内のDIY体験エリアは、「ろくろ成形」「手びねり」「上絵付け」「モザイク貼り」の4つの主要な体験エリアに分かれており、陶芸講師の丁寧で親しみやすい指導のもと、自分だけの個性あふれる作品をつくることができます。さらに魅力的なのは、工場の窓のすぐ外を鉄道が走っていること。ろくろ成形に集中しているそのとき、列車が一緒に走り抜けていくように感じられるでしょう。
新旺集瓷DIY彩繪陶瓷偶
新旺集瓷彩繪陶瓷
新旺集瓷手拉坏區域

新北市美術館
2025年に正式オープンした「新北市美術館」は、「鶯歌」に誕生した新たな芸術のランドマークです。美術館は、「鶯歌渓」と「大漢渓」の合流地点に広がる新たな敷地に建てられ、銀白色の建物外観は、河岸でよく見られる葦(あし)の姿をデザインモチーフにしています。外壁には高低差のある管状のラインが用いられ、風にそよぐ葦のしなやかな動きを表現しています。見通しの良い開放的な空間によって、美術館は河岸の風景と調和し、開放性と体験性を備えた美学の集積地となっています。
新北市美術館主館建築
新北市美術館研究典藏展區

「新北市美術館」の園区には、「本館」、「新美聚場」、「新美聚所」、屋外エリアが含まれており、多様な芸術形態が、それぞれにふさわしい空間で輝きを放っています。屋外エリアには複数のパブリックアートが設置されており、なかでもひときわ目を引くのは、高さ15メートルにおよぶ橙赤色の立体作品で、「鶯歌」の陶磁器文化に敬意を表する作品です。

新北市美術館基進城市展區
從內部仰望三鶯之心

「新北市美術館」の広大な屋外エリアでは、アートマーケットやコンサート、ダンスパフォーマンス、花火大会などのイベントが不定期に開催され、「鶯歌」に絶え間ない芸術の活力が注ぎ込まれています。かつて、窯の炎が燃え盛る工業の時代を生きていた「鶯歌」は、いまや陶芸と美学が共鳴する芸術のまちへと着実に歩みを進めています。今後、「三鶯線」MRTの開通により、その魅力はさらに広がっていくことでしょう。
三鶯線捷運列車
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Woman Powerが花開く―淡水女路
淡水は台湾で最も早く開けた国際貿易港の一つ。文化遺産が豊富で、美しい風景に恵まれた北台湾で人気の観光地です。1860年代に開港した淡水は、台湾における国際交流の中心地で、台湾社会における変革のトップランナーでした。台湾初の女性のための教育施設「淡水女学堂」は今日の淡水真理街で創立されました。新北市政府、「淡水旅学堂」、「新北市社区旅学関懐協会」が推進する「淡水女路」プロジェクトでは、地元の女性パワーに関する物語を発掘しています。漢服をまとってWomanPowerにまつわる淡水の歷史スポットをめぐり、往時のHer Storyを探りましょう。姑娘楼と牧師楼1906年に建てられた「姑娘楼」と1909年に建てられた「牧師楼」は共に呉威廉牧師が施主です。「姑娘楼」は「淡水女学堂」校長の金仁理姑娘(「姑娘」はMissに相当)と「婦女学堂」校長の高哈拿姑娘の住居でした。現在は真理大学の学長室となっています。「牧師楼」は呉威廉牧師の住居でしたが、その「琴楼」は映画『言えない秘密』の撮影に使われ、一躍有名になりました。現在は「真理大学研究開発センター」となっています。二棟の建物の外観は、遠くない場所にある「英国領事官邸に似ており、共に回廊を巡らした赤レンガの洋館ですが、違いは、二棟の外壁装飾が、官邸に比べ実に素朴なところです。偕牧師夫人張聡明と馬偕牧師(マッケイ牧師)新北市の五股で育った台湾女性、張聡明は元の名を葱仔と言いました。1878年、マッケイ牧師と淡水英国領事館で結婚。結婚後は勉学に打ち込み、英語に精通。「女子学堂」の教師となった、当時時代の最先端を走っていた新しい女性だったのです。張聡明とマッケイ牧師は、伝統に束縛されていたたくさんの台湾女性を救い、台湾の女性教育史に大きく貢献しました。「淡水女路」プロジェクトではマッケイ牧師の旧居内で、「生きた新聞(Living Newspaper)」として張聡明の心の軌跡を描き出しています。張聡明は1879年末、マッケイ牧師のカナダへの帰国の旅に同行します。途中アモイ、香港、シンガポール、インド、中東を経由し、エジプトではピラミッドを見学。エルサレムでは嘆きの壁を訪れています。アレクサンドリアを経てイタリアへ至り、ポンペイ遺跡、ローマ、バチカンを訪れ、フランス、イギリスを経てカナダに到着しました。カナダにおいては、マッケイ牧師に従い活動報告と募金の目的を成し遂げ、アメリカ、日本を経て台湾に帰国しました。この旅で、張聡明は世界旅行を果たした初めての台湾女性となったのです。淡水女学堂マッケイ牧師はカナダから帰国後、1884年に「淡水女学堂」を創立しました。台湾で初めての女子のための教育機関で、台湾における女性教育の幕開けとなりました。「女学堂」は多くの優れた女性を輩出しました。台湾初の女性医師、蔡阿信(テレビドラマ「浪淘沙」のヒロイン-丘雅信のモデル)、文学者の汪李如月も「淡水女学堂」を卒業しています。この他に、既婚、成人女性の教育のために、「婦学堂」も設立。台湾初の「母親教室」と呼ばれています。阿給(アーゲイ)「阿給」は淡水名物のB級グルメです。「永和」と「豆漿(豆乳)」がまとめて「永和豆漿」と呼ばれるように、「阿給」も淡水とイコールで結ばれるほど現地に根付いています。この超有名グルメの発明者は楊鄭錦文さん。ご主人の楊樹根さんといっしょに軽食の店を開いていた錦文さんは、1965年新しいメニューを考案しました。厚揚げを切り開き肉そぼろと春雨を詰め、新鮮な魚のすり身で塞いでから蒸します。こうして今日、淡水グルメの代名詞「阿給」が出来上がったのです。「阿給」という名前は日本語の「油揚げ」から来ています。当初テイクアウトの客には、新聞紙で包んで渡していましたが、それが外から訪れる客に驚かれていました。これは、ジメジメして気温が低い冬の淡水の気候から「阿給」を守るためなのです!自らの手と針と糸で書を綴じる重建街の古民家「九崁28」で手ずから製本を行います。重建街は旧名を九崁街と言います。かつてはこの辺りに九軒の店があり、こここそが本物の淡水老街(旧市街)だったのです。今日の中正路商圈が発展する前、ここは淡水で最もにぎわった地区でした。家々は、斜面に沿って曲がりくねって軒を連ねており、今でも数棟の古民家が残っています。インターネットで簡単に情報が得られる現代、紙でできた原初の書に立ち返り、一針一針ていねいに、自分だけの書の世界を紡いでいきましょう。「入眼観音山色秀、朝暉相映画図開(観音山の景色が目に入り、朝日と照り映え、まるで一幅の絵のように美しい)」は淡水出身の女性詩人、汪李如月の詩です。重建街をMRT駅の方向へ向かうと、前方に観音山と淡水河が見え、時を超えて詩人と共感しているかのようです。女性の視点で淡水を見ると、淡水は台湾女子教育の原点であり、無数の優秀な女性を育てた養分だったことが心に沁みます。淡水から踏み出された第一歩は、台湾社会変革の大きな一歩となりました。
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博物館のような公園 - 樹林区武器公園
ほとんどの方は特別なイベントやテレビ以外で兵器や軍事装備などを見る機会はめったにないでしょう。しかし、新北市樹林区の「武器公園」には海軍、陸軍、空軍の戦車や戦闘機、ミサイルなどが展示されており、すぐ近くで、それも無料で見ることができるのです。新北市は国防部の協力を得て、台湾最大の武器公園を開園することができました。ここはゆっくり散歩するのにもって来いなスポットなだけでなく、軍事マニアにとっても見逃せない場所です。再び蘇る陸・海・空の退役兵器--> 武器公園は新北市の軍人忠霊祠の横に設けられました。山のふもとに建てられた忠霊祠は、軍人の英霊を祀る場所です。園内には陸・海・空軍の16の退役兵器が展示されており、歴史的、文化的な意義を持っています。ここは大同山の登山道にも近く、樹林区の裏庭とも呼ばれる場所で、頂上からは大台北エリアの全景が見渡せます。道は比較的平坦で、歩道には手すりもあるため、高齢者の散歩にも向いています。武器公園は、国防部の武器を展示する公園としては台湾で最大規模のものです。世界で初めてマッハ2を出したTF-104Gスターファイター、軍艦「中肇」の錨、軍艦「廬山」の錨、K30単管5インチ砲、M166型山砲、高射砲、ミサイルなどが展示されています。これらの兵器は数十年にわたって国を守ってきたもので、保存状態も良好です。軍事マニアでなくても展示とその説明からそれぞれの兵器の機能を理解し、それにまつわる物語に興味が湧くことでしょう。-->ルートに従って公園を進むと、まず目に入るのは2機のF-5EタイガーⅡ戦闘機です。これは台湾の領空をずっと守って来た主力戦闘機で、この公園の主人公でもあります。戦闘機のほかにも、第二次世界大戦の米国海軍小型艦上にあった艦砲や敵の偵察機や攻撃機を妨害する妨害ロケット発射装置も展示されています。これらの退役した兵器にもそれぞれの物語があるのです。-->現在も使用されているM1 40サンチ高射砲と戦争映画でしかお目にかかれない戦車も凛として佇んでいます。博物館のようなテーマパークで充実した一日を-->武器公園は二階建てで、今見て来た戦闘機を上から眺めることができます。ここには人々が国軍を一層身近に感じてほしいとの願いから、展示物のフェンスがありません。ですが、みだりに触れたり乗ったりしないでくださいね。これらの兵器は、台湾海峡の安全を何十年にもわたり守ってきた大切な宝物です。大きな公園ではありませんが、博物館のようなテーマパークをゆっくり見学し、楽しい充実した週末を送ってください。また、公園の横から入ることができる大同山登山道も高齢者に優しい造りの登山道です。青く茂った木々の木陰で、暑い夏も心配無用です。周辺アクティビティ 大同山登山道 青龍嶺 山佳駅