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芸術の境地 新北 三峡ゆったり旅 日帰りツアー

アンカーポイント
437
三峡老街
旅行日:
一日ツアー
適合對象:
公衆

推薦路線

Day

      紹介

      アンカーポイント
      低炭素型観光を推進する新北市は、ツアーの交通・食事・スポットすべてにおいて炭素排出削減に努めています。さらに専門機関を通じてカーボンフットプリントを計算し、VCS認証のカーボンクレジットを購入して持続可能性を実践しています。三峡の低炭素型観光は環境教育施設である鹿角渓人工湿地から始まります。エコレストランTINAキッチンで旬の食材を使った健康的な食事を味わい、午後には新北市美術館で芸術の旅を楽しみ、ガイドの案内で三峡老街を散策して地元の人文の風趣を感じましょう。
      三峡老街の街屋立面

      16ヘクタールにおよぶ鹿角渓人工湿地は、大漢渓とその支流鹿角渓の合流点に位置しています。湿地の前身はゴミ埋立地でしたが、新北市政府高灘地工程管理処の整備を経て人工湿地として開発され、新北市初の環境保護署認証を取得した汚水現地処理施設となりました。
      鹿角渓(ろくかくけい)人工湿地入口
      鹿角渓(ろくかくけい)人工湿地

      鹿角渓湿地は水生植物と自然浄化工法により、沈殿・濾過・生物吸収などの作用を通じて大漢渓の水質を効果的に改善しており、多くの鳥類や両生爬虫類の集まるエコツーリズムに絶好の場所となっています。環境保護ボランティアの解説で、クワズイモ、ゲットウ、カジノキ、チカラシバ、セイタカヨシ、ナンゴクワセオバナ、ススキなど、湿地内のさまざまな植物や生態について学ぶことができます。
      鹿角渓湿地で見られるトンボ
      鹿角渓湿地でのボランティアガイドによる解説

      鶯歌陶磁博物館近くのTINAキッチンは「農場から食卓まで」という理念を掲げ、16種類ものメインメニューと種類豊富なセルフバーを提供しています。さっぱりした野菜サラダ、デザートやパン、温かいお茶や冷たいお茶、コーヒーなど、おいしさと健康のバランスを提供しています。「蕃薯藤」ブランドは「有機農業+有機食品加工+有機生活」にこだわった製品を有機ベーカリー、天然石鹸工房などに展開し、環境に配慮した有機的なライフスタイルを実践しています。
      鶯歌(おうか) TINAキッチン
      TINAキッチンの野菜サラダバー(ビュッフェ)
      TINAキッチンのメインディッシュ
      TINAキッチンの手作り石鹸

      新北市美術館は陶磁器工芸で有名な鶯歌に位置し、建築家姚仁喜氏によって設計されました。銀白色の外観は川岸の葦をイメージし、高低差のある線で風に揺れる美しさを表現しています。館内はグリーンビルディングの理念に基づき、大きなガラス面で光を屋内に取り込み、通風と断熱を兼ね備えた快適な鑑賞体験を提供しています。広々とした屋外の公園はさまざまな台湾固有種の生息地となっており、新北の美学と環境意識を兼ね備えた重要なランドマークとなっています。
      新北市美術館
      新北市美術館でのガイド解説
      新北市美術館の展示室

      甘楽文創と一緒に三峡老街を散策しましょう。三峡河に沿ってS字に曲がりくねった全長260メートルの街道は、かつて軽便鉄道が設けられ、三峡山間部の茶葉と石炭を運んでいました。三峡老街に現存する街屋の多くは100年前に建てられたもので、連なる赤レンガのアーケードとバロック様式の牌楼が三峡老街独特の景観を形成しています。街屋の立面の精巧な装飾をよく見ると、各棟の破風と扁額のデザインにはそれぞれ異なる建築要素が取り入れられており、ガイドの解説を聞くとさらに魅力が増します。
      三峡老街の亭仔脚
      元春薬房(げんしゅんやくぼう)
      三峡老街

      1769年に建てられた三峡清水祖師廟は芸術の巨匠・李梅樹が再建を主導しました。各流派の職人と現代芸術家の作品が融合しており、「東洋芸術の殿堂」と称されています。ガイドの案内を聞きながら、廟内の精巧な藻井、色鮮やかな剪粘、精巧に彫刻された石柱を鑑賞しましょう。
      清水祖師廟でのガイド解説
      清水祖師廟の藻井

      三峡老街に隣接する甘楽文創合習集落の前身は、1947年に創設された愛隣病院でした。2017年から地方創生拠点として生まれ変わり、文化部百大文化拠点の認定を受けました。合習集落の名称は台湾語に由来し、「共同学習」を核心理念とした工芸、職人、質の高い食品店、地域の学校、企業パートナーを結ぶ地域支援システムを構築しています。
      甘楽文創 合習集落
      藍染(あいぞめ)体験エリア

      合習集落には禾乃川醸酵坊、豆製所、三芸金工、蒔蒔刻刻、青草学苑などが入居しています。禾乃川は嘉南平原で契約栽培された非遺伝子組み換えの国産大豆を使用してさまざまな豆製品や味噌を作り、フードマイレージを削減しています。三芸金工と蒔蒔刻刻は伝統工芸を継承して発展させ、さまざまな体験プログラムで金工・木彫・鎚金の技術を広めています。集落で合習の精神を体験し、禾乃川の三峡碧螺春と国産大豆を組み合わせた豆腐アイスを楽しみ、茶の香りと豆の香りが織りなす旅を締めくくりましょう。
      蒔蒔刻刻工房
      禾乃川国産大豆製所

      「芸術の境地 新北 三峡ゆったり時間の旅 日帰りツアー」プログラムは環境部「グリーンツーリズム」基準を満たしており、「ネットゼログリーンライフ情報プラットフォーム」に掲載されています。計算では、今回のツアーのカーボンフットプリントは10.2kg CO2e/一人となりました。
      合習集落に入居する工房
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      祈堂老街の旅
      1889年、台湾で初めての鉄道建設が基隆と台北との間で急ピッチで進められていた頃、工事に従事していた労働者が、今日の基隆七堵一帯の川の中でキラキラ光る砂金を見つけました。人々は金を求めて川を遡り、小金瓜と大金瓜で地表に露出した金脈をついに発見。こうして北台湾のゴールドラッシュが始まり、静かだった金瓜石と九份は黄金の歲月へと突入しました。けれども1987年、台金公司は採掘業務を終了。金瓜石の百年近くにわたる金鉱山の歷史に終止符が打たれたのです。隣りにあって、商業が活発な九份とは異なり、鉱山が閉鎖されたのちの金瓜石は世間から隔絶され、静かな山間の町に戻っています。山中に埋もれた建物、辺りを見守る巨大な関公聖像、路地を行き来する登山客の姿もちらほら。これが金瓜石の今の姿、そしてその麗しさです。「永遠に忘れない」第二次世界大戦時、金瓜石には日本軍の捕虜収容所がおかれていました。現地では「督鼻仔寮(鼻の高い外国人が住むところ)」と呼ばれ、外国人捕虜が収容されていたのです。東南アジアの戦場から連行されたこれら捕虜は英国、米国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、オランダなどの出身者で、収容中は銅の採掘を担わされました。生活条件はひどく劣悪で、多くの捕虜が大戦の終了を待たず、金瓜石でこの世を去りました。1997年「国際和平終戦記念園区」が開園。過去の戦争を伝えています。「Freedom is not free」は平和が簡単に得られるものではないことを世界中の人々に訴えかけています。祈堂老街(旧市街)は金瓜石のメインストリートです。山並みに沿って作られた旧市街は鉱山労働者の主な生活圈でした。最盛期には八万人もの金採掘者でにぎわい、通りには食事処、雑貨店を始め、銀楼(宝石店)、ビリヤード、酒家(飲み屋/クラブ)などの娯楽施設まで、何でも揃っていたのです!日本統治時代には「金瓜石銀座」とまで呼ばれにぎわいましたが、ゴールドラッシュの終結とともに、金瓜石の人口は2000人を下回るまでに急速に減少しました。にぎわいが去った後の祈堂老街は当時の面影を残しており、レトロな雰囲気が漂っています。改修された「彩虹階段」はSNSで話題をさらい、この鉱山都市に再び注目が集まることになりました。「彩虹階段」を上れば「金瓜石勧済堂」に到着です。「祈堂」とも呼ばれ、創建120年を優に超える金瓜石の信仰の中心地です。主神は盛名轟く関聖帝君(関羽)で、「勧済堂」で最も有名なのは堂の至宝とされる関公聖像です。純銅製で、台湾最大の高さ、35台尺(約10.5メートル)を誇ります。『春秋』を開いた関羽は、山を背に海に臨み、金瓜石の高台にそびえ立っています。金瓜石で最も目をひくランドマークであり、この地の守り神として、金瓜石に暮らす人々を代々見守ってきたのです。標高260メートルの報時山は、日本統治時代にここに設置され、定時に音を発していた警報器にちなんで名付けられました。勧済堂駐車場から登山歩道を登って行くと、わずか10分で展望デッキに到着です。海の方を向くと、陰陽海と北海岸が一望のもと。振り返り山の方を見れば、無耳茶壷山、「六坑斜坡索道」が目の前です。緑の山々と青い大海原に包まれる心地よさは格別です。茶壷山は金瓜石地区を後ろから支えているかのような山です。標高は602メートル。金瓜石側から山頂の岩石を見ると、取っ手のない急須のよう。そのため「無耳茶壷(急須)」というかわいくて覚えやすい名がついたのです。「無耳茶壷山歩道」は金瓜石地区でいちばん人気の登山歩道。勧済堂駐車場から上って行くと、30〜50分で山頂に到着です。ここは瑞芳地区で最も美しい展望スポット。眼前には基隆山、足元には金瓜石の街並みと曲がりくねった道路が広がり、無限の青空と大海に包まれながら、心と身体のパーフェクトな癒しを感じることができます。「アジア第一の貴金属鉱山」はかつて金瓜石に冠せられた威名でした。当時は金、銅の採掘が盛んで集落が形成され、一攫千金を狙う採掘者の夢が詰まった街でした。鉱脈が枯渇した今、街は廃れましたが、山と海が織りなす絶景は変わっていません。登山客と、金瓜石に今も暮らす人々にとって永遠の心の故鄉です。
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