平渓老街日帰りの旅

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1997
平渓老街日帰りの旅
タイプ:
レトロな老街の旅
旅行日:
一日ツアー

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Day

      紹介

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      伝統の細長い町屋が今も残されており、主に2階建てのレトロな建物が立ち並びます。1階はほとんどが雑貨店を営んでいますが、日本統治時代のスタイルを残す布店やカキ氷店もみられます。どの路地からも通過する列車を目にすることができ、それが平渓老街の大きな特色となっています。また、レトロな日本情緒あふれる平渓老街の道路標識は、中国語と英語のほかに日本語でも表示されており、まるで日本にいるような感覚を覚えます。美しい風景を探し求めて、老街の路地で人情味に富んだ趣のある建物や道具を見つけるもよし、あるいは気ままに散策をしながら列車が頭上の鉄橋を通過するのを見た後、近くの民宿でしばらく休憩し、レンタサイクルで軽快に観光に出かけるもよし。さらに近くの孝子山までハイキングに出かければ、青々とした山林の風景が、平渓の旅の思い出にいっそう彩りを添えてくれるでしょう。
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      冬と春の癒しの旅 金山花見温泉旅行
      じめじめとして寒い冬に布団にこもっていたいとか、夢の中でもぶるぶる震えることがありませんか?連日の低温が続くとどうしても「温泉に入りたい!」と思ってしまうものです。そう思っても実行に移さなければ意味がありません。体を奮い起こして外に出て、北海岸の温泉に行きましょう!湯気が舞う温泉に浸かっていると全身を温め、血管が拡張して体内の血液循環を促進し、体内の湿気や寒気を取り除きます。北海岸の金山には豊富な資源と美しい岬があります。まずは獅頭山歩道を金山岬の高台まで行き、広い海の景色と燭台双嶼の景色を楽しんだ後は、壮大で神秘的な海岸から中山温泉公園に戻り、黄金の湯で足の疲れを癒してから金包里老街で海鮮と地元のグルメを堪能できます。金山温泉に浸かる前に、金山の山と海の美しい景色を先に楽しんでおきましょう。新しく建設された金山立体駐車場に車を停めたら、温かい服装で獅頭山歩道を陸と海との境界まで進みます。歩道は平坦で歩きやすく、駐車場から展望台までわずか35分です。獅頭山歩道はかつて軍事管制エリアであり、一般の人々が足を運ぶことが難しかったため、海岸線は生態系をそのまま保ち、沿岸に樹が生い茂っているため海風の影響を受けにくいです。また、使われなくなった兵舎や見張り小屋が散見しています。中正亭へ進むと三面が海に囲まれて視野が広がり、東側には野柳岬、基隆嶼、西側には磺港の山と海の景色が見えます。前方には海の真ん中に燭台双嶼が堂々とそびえ立っています。2本の連なった巨大な海食柱で構成されているため、外形は一対の燭台のように見えます。風や荒波でも海面にそびえ立っている独特な風景も金山区公所(役所)のランドマークとなっています。燭台双嶼と金山岬の先端はプレート運動と海水、海風による絶え間ない浸食により、現在のような小島となりました。中正亭のそばには円形のモニュメントがあり、燭台双嶼でSNSをアップするなら最適なスポットです。中正亭から歩道を下ると海抜が徐々に低くなり、果てしない大海と海食地形が目の前に現れます。ここは「神秘の海岸」と呼ばれる金山岬東岸であり、百メートルにもおよぶごつごつした岩に波が打ち寄せ、海のうねりを間近に感じることができます。👉神秘の海岸は潮の満ち引きの影響を受けやすいため、風や波が強い場合は安全のため獅頭山歩道の来た道を戻ることをおすすめします。山と海の景色を十分満喫したら、温泉に浸かりましょう。 神秘の海岸沿いから水尾漁港を経由して中山温泉公園に到着します。金山老街に隣接するこの温泉公園は4年かけて全面的に改修工事し、その斬新な風貌に思わず顔を合わせてしまいます。足湯、景観水路、景観プール、ガジュマル広場などの施設があり、新北市の山海線沿いの新たな人気スポットになっています。金山は台湾本島最北端の温泉地であり、大屯山系列の地熱地帯に含まれています。日本統治時代から近くで有名な温泉地だった中山温泉公園の温泉には鉄分が豊富に含まれ、空気に触れるだけで金褐色に変わり、それゆえ「黄金の足湯」と呼ばれています。中山温泉公園には2か所足湯があり、湯温はそれぞれ35-38度、40-42度なので自分の体調に合わせて足湯を選択しながら、黄金の湯で足の疲れを癒すことができます。👉足湯の開放時間は毎日午後5時迄です。隣の水洗い場で足を洗ってから足湯に浸かってください。中山温泉公園の景観水路両側にはカンヒザクラの木が植えられていて、每年1~3月の春節前後の時期になると桜が温泉公園内に咲き誇り、色はシックな冬色から春の彩りを添えてくれます。温泉公園では足湯を満喫しながら満開の桜を楽しむことができます。もちろん足湯だけでは物足りないち違いありません。金山区には多くの公衆浴場、温泉浴場、温泉旅館などがありお好みに応じて選択できます。金山温泉の特徴は海に面する独特な地理的位置にあります。そのため、海の砂湯、炭酸泉、硫黄泉、含鉄泉の4種類の温泉の中から最適な温泉を選択できます。温泉は冬の寒さを取り、骨や筋肉に力を与え、心も体も洗われます。温泉に浸かった後は、金山老街でグルメを堪能することをおすすめします。旧名が金包里老街の金山老街は300年の歴史を誇る北海岸最大規模の老街であり、ローカルな雰囲気を今なお残しています。老街では各地でサツマイモやタロイモなど金山産農産物を販売する屋台が並んでいます。老街内のレストランもカニのお粥、芋圓、大学イモなど地元の特産品を使用しています。具がたっぷりの海鮮粥や甘い地瓜圓で胃も心も温まります。
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      淡水女路-紅楼に響く女性の声
      観光ガイドの案内とともに歩く淡水。淡水媽祖のそばの路地から重建街に出て、画家の林玉珠と作家の王昶雄のロマンチックな物語を探索しましょう。また、100年の歴史ある紅楼では伝承にこだわった女性が自ら製作する糸とじ本、海関碼頭では夕日をあびながら京劇鑑賞が楽しめます。優雅な女性ガイドの案内の下、淡水の文化を体験し、淡水の女性の物語を聞きましょう。淡水媽祖と二つの老街(旧市街)福祐宮のそばの古い路地から出発。主に媽祖を祀る福祐宮は鄞山寺、龍山寺、清水巖と合わせて淡水四大廟と呼ばれています。媽祖は台湾人にとって最もなじみある女神であり、淡水海運の守護神です。媽祖は古代女性の強靭さと慈悲を象徴し、福佑宮には多くの伝説が残されています。淡水媽祖は清仏戦争の滬尾の役や第二次世界大戦で奇跡を起こし、淡水地区の安全を守ったと伝えられています。また同時に福佑宮は淡水の2つの老街-重建街と中正路が交わる地点でもあり、淡水の200年余りの発展を見守ってきました。画家林玉珠の重建街での恋山沿いの階段を上り、淡水最初の商店街である重建街に入ると、賑やかな中正路と比べ今日の重建街は静かでひっそりとしています。しかし、ここは真の淡水老街であり、多くの淡水で知られた政治経済界の有名人が住んでいた場所であり、19世紀中頃から20世紀初旬にかけて淡水で最も繁栄した地区です。重建街から振り返ると、観音山と淡水河の美しい景色が一望でき、画家の林玉珠と作家の王昶雄の恋愛の地でもあります。林玉珠は重建街付近の清水街で生まれました。清水街は「米市街」の旧称で知られ、100年前は淡水の米穀店の主な集積地であり、林家は米穀商を経営していました。林玉珠は淡水女学校在学中に恩師の陳敬輝と出会いました。陳敬輝は馬偕牧師の孫であり、京都絵画専門学校で美術教育を受けました。陳敬輝の熱心な指導と林玉珠の努力の下で、林玉珠は絵画の分野で次第に頭角を現していきました。林玉珠は恩師の励ましを受け、台湾美術界の年度行事である台湾美術展覧会に出展しました。1936年、林玉珠の膠彩画(日本画)《河口の灯台》と陳敬輝先生の《余韻》はともに第十回「台展」に入選しました。17歳の少女の作品が当時の台湾画壇でこのような成功を収めたことは、淡水に多くの輝きをもたらしました。「もし心の中の扉を開いたら綺麗に輝く春の光が見えてくるだろう。春は長くはないけれど、しばらくは胸の辛酸を消してくれる。」医師で作家の王昶雄が作詞した《もし心の中の扉を開いたら》は、台湾人の誰もが口ずさむ台湾語の定番曲です。林玉珠と王昶雄は師の陳敬輝を通じて知り合い、交際期間中の二人は重建街でデートを重ねました。当時の二人の足跡は今日の重建街で人気の映えスポット恋愛巷と呼ばれ、温かくてロマンチックな街並みです。重建街の特徴的なお店、香草街屋や九崁28を訪ねた後は、淡水紅楼へと続く時空のトンネルがあるひっそりとした路地へ。淡水のために紅楼保存に努めた紅楼の洪許俸おばあさん優雅なレンガアーチの回廊こそ老街の坂の上に立つ淡水赤楼です。この赤レンガの洋館は100年の歴史を有する淡水のランドマークで、かつて多くの有名な淡水絵画の中で表現されました。豪商の李貽和が建設し、1899年に落成しました。1913年に当時の淡水街長であった洪以南が買取り、地元の風流な文人が集まる場所として大勢の人がここを訪れました。1960年代に德裕魚酥の女将の洪許俸が購入しました。台湾経済の発展期に、淡水紅楼を改築したいという不動産会社からの問い合わせがありましたが、洪許俸は断じて売却しませんでした。紅楼は淡水人の共通の思い出であるだけでなく、家族の団結と福を象徴する重要な意味を持っているため、彼女は最終的に淡水紅楼を守り通しました。現在、淡水紅楼はレストランとしてだけでなく、淡水コミュニティ大学とのコラボでベジタリアン料理や重建街の香草街屋と協力したイベントを開催し、アクションを起こすことで淡水を守り続けています。100年の風格漂う紅楼で伝統的なお茶を飲む。伝統的な漢服に着替えて国宝級の女性の力を代表する麗杏先生の引率の下で、のんびりと手作業で糸とじ本を作り、しばらくの間はデジタル時代の情報攻撃から離れてみましょう。工業時代前の古い技術に身も心も浸ってみましょう。海の光の日々、王菁の京劇の道淡水河畔の海関埠頭は、台湾の国際貿易の歴史において重要な地位を占めています。1860年に台湾が開港して以来、淡水は最も輝かしい時代を迎えました。観音石や唭哩岸岩で建てられた埠頭は、淡水がかつて国際商港であった証です。その後、河川の堆積に伴って次第に機能を失い、栄華を失っていきました。その後、埠頭労働者の掛け声に代わって詩を朗詠する女性の声が響くようになりました。1975年、海軍芸術工作チームが高雄左營から淡水海関埠頭に移転し、女性の力と夢を乗せた海光国劇隊と海光国劇訓練班も一緒に淡水河畔に転居しました。旧港務倉庫は京劇の演技技術を訓練する空間となりました。王菁先生のような小さな光が苦学して名を馳せ、ついに京劇の舞台で異彩を放つようになりました。海関埠頭の旧倉庫は、魏海敏、王海波、沈海蓉などの有名な京劇俳優を育成しました。俳優たちは舞台の上で躍動し、芸術について語りあい、伝統的な性別の役割に挑戦しました。女性は背後の支持者というだけでなく、舞台上の主役でもあります。当地の文化を礎とする淡水女路は、淡水の女性の物語を掘り起こし、男女平等の未来を描き続けています。
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