淡水親子知性の旅:文化資産と女子教育

アンカーポイント
2105
タイプ:
MRTで新北を周遊、親子コース、屋外で自然に親しむ、レトロな老街の旅
旅行日:
一日ツアー
適合對象:
公衆、親子、カップル、高齢者

推薦路線

Day
    第一天

      紹介

      アンカーポイント
      風光明媚な淡水は、19世紀後半に北台湾と世界を結ぶ窓口でした。 国際貿易の発展は淡水の黄金時代を築き、貿易商や宣教師を通じて、西洋の商品や思想が淡水にもたらされ、台湾へ浸透しました。 台湾初の女学校、初の西洋式病院、初のゴルフ場はいずれも淡水で誕生し、台湾社会の容貌を一変させました。

      休日には家族一緒に淡水を訪れ、得忌利士洋行(Douglas Lapraik & Co.)の淡水古蹟微型博物館でゲームを通して淡水の文化財について学んでみてはいかがでしょうか。淡水港の開港が台湾に与えた影響を子どもたちと探るために、姑娘楼、牧師楼、馬偕記念館を訪れました。滬尾(フーウェイ)芸文レジャー公園や淡水ライトレールの童心に帰ることができるパブリックアートをのんびりと散策し、新時代の淡水の芸術文化に浸ってみましょう。
      淡水古蹟微型博物館

      1860年の台湾開港後、淡水は台湾北部で最も国際的な商業港となり、多くの海外業者が淡水に拠点を構えました。 淡水の老街の端に位置する得忌利士洋行、徳記、和記、怡記、寶順は淡水の五大海外事業者と呼ばれています。得忌利士洋行は国際貿易だけでなく、19世紀末の台湾海運業界の巨人であり、台湾の国外海運事業を掌握し、それが開港後の淡水の発展につながりました。

      得忌利士商行

      この歴史的に重要な海外企業の建物は、淡水の過去の繁栄を紹介するのに最適なスポットです。 1年の準備期間を経て、常設展「淡水古跡ミニチュア博物館」が得忌力士洋行に登場し、淡水紅毛城、旧清淡水関税務司官邸、淡水税関埠頭、淡水街長多田栄吉の旧邸宅、滬尾炮台、淡水日本人警察官宿舎、デ得忌利士洋行、淡水崎仔頂施家古跡、公司田渓程氏古跡、淡水日本人人実業家中野宅、淡水木下静涯旧邸、滬尾小学校講堂など、淡水の12の文化財を紹介しています。
      淡水古蹟微型博物館

      このミニチュア博物館では展示品を政治、軍事、商業、学術の4つのカテゴリーに分け、それぞれの歴史物語と組み合わせてインタラクティブなゲームに変身させています。 楽しく好奇心をくすぐる方法で、子供たちはイースターエッグのゲームで淡水の古跡について簡単に学ぶことができ、昔の淡水の様子を想像するきっかけとなります。
      淡水古蹟微型博物館

      真理街の坂道を上って真理大学のキャンパスに入り、財経大楼を抜けると、100年以上の歴史を持つ2棟の赤レンガの建物が並び、緑の木々を背景にさらに優雅に見えます。建物の前の庭には緑の芝生が広がり、森のすぐ後ろには淡水河と観音山が見えます。この同じようなスタイルの2つの回廊式の洋風建物は、1906年建設の姑娘楼と1909年建設の牧師楼に分かれています。
      牧師樓與姑娘樓

      どちらの建物も吳威廉牧師が自ら設計・監督し、建築材料にはアモイのレンガと福杉を使用しています。姑娘楼は元々、台湾初の女子学校である淡水女学校の校長・金仁里先生と婦女学堂の高哈拿校長の居室として提供されたもので、台湾の近代女子教育を見ることができる重要な史跡です。現在は真理大学の学長室として使用されています。牧師楼は呉威廉牧師の居所で、ピアノが置かれたフロアはかつて映画『言えない秘密』の舞台として有名になりました。
      牧師樓與姑娘樓

      姑娘楼と牧師楼の隣にある白い建物はかつて馬偕博士ことジョージ・L・マッケイ博士の住居であった馬偕記念館です。1875年に馬偕先生自身が設計したスペイン風の白い壁が特徴的なコロニアル建築は、湿度が高く雨の多い北台湾の気候にとても適していました。馬偕博士はここで結婚して子供をもうけ、1901年に亡くなるまで台湾人の妻の張聡明と一緒に暮らしました。
      馬偕紀念館


      馬偕は1872年、得忌利士洋行の船「海龍号」で高雄から淡水へ渡り、その後数十年間、台湾北部で伝道師、教師、医者としての道を歩むようになりました。宗教、教育、医療の各分野で多くの人材を育てた馬偕は、台湾の女性が男尊女卑に起因する社会的な制約を受けているという問題意識から、台湾における女子教育の先駆けである淡水女学堂を開校しました。 馬偕の妻の張宗明も女学校の英語教師であり、二人とも台湾の女性教育史における重要人物です。
      👉馬偕記念館内部は事前予約が必要です。真理大学校史館(02-2621-2121)までご連絡ください。

      馬偕紀念館

      1879年末、馬偕と共に母国カナダに帰国した張聡明は、アモイ、香港、シンガポール、インド、中東、エジプトのピラミッドを経て、エルサレムの嘆きの壁に訪れた後、アレキサンドリアを経由してイタリアのポンペイ遺跡、ローマ、バチカンを訪れ、フランス、イギリスを経てカナダに到着、馬偕とともにカナダでの任務と募金活動の報告を終えた後、アメリカ、日本を経由して台湾に帰国、張聡明は台湾人女性として初めて世界一周の偉業を成し遂げたのです。
      馬偕紀念館

      淡水河沿いの木の桟道を散歩中、紅毛城を過ぎるとすぐに、真っ白な滬尾芸文レジャー公園が右手に見えてきます。幾何学的で左右対称に近い建物は、淡水のアーチ型西洋建築のデザインを反映しており、数え切れないほどの観光客が写真を撮りに訪れています。滬尾芸文レジャー公園は、ヨーロッパの有名ホテル、ショッピングモール、映画館、スカイガーデンを併設しています。ショッピングモールで腹ごしらえをした後は、3階のスカイガーデンに来て、1,000坪の芝生に家族で腰を下ろし、八里左岸と観音山を眺めながら淡水に沈む美しい夕日を鑑賞することができます。
      滬尾藝文休閒園區

      バスで淡海ライトレール「漁人碼頭駅」まで行き、絵本作家ジミーの絵本の要素を取り入れた淡海ライトレールに足を踏み入れ、 癒しの絵本のキャラクターたちが一緒にライトレールに乗って、『ほんの少し目を閉じて』みたら、アクアマリン色のライトレール車両があなたの夢の国、そして暖かい家へいざなう旅が始まります。
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        世紀末の夏 板橋鉄道の変遷
        今日の板橋駅は新板特区にあり、多くの路線が乗り入れる巨大ターミナル駅です。けれども現在のMRT府中駅にあった旧板橋駅を覚えていますか?近年、台湾では高雄、台南、桃園の地下化、台中の高架化など、多くの都市で鉄道の立体化を急速に進めています。中でも、台湾で初めて地下化が行われたのは、台北鉄道の地下化プロジェクトでした。1983年に始動し、30年を費やしたこの計画で台北の交通網と都市の景観は大幅に改善。新北市の市庁所在地としての板橋区も堂々たる装いを整えました。府中から新板特区へとぶらぶら歩き、新旧板橋の変遷を感じてみましょう。MRT府中駅にある市定旧跡「板橋放送所」は1930年に運用が開始されました。同年に完成した台北北門郵便局と同じ建築家、栗山俊一による設計で、水平のラインを強調したモダニズム建築。府中一帯を代表する日本統治時代の建物です。放送所はラジオ放送の発信施設で、その信号は嘉義民雄まで届きました。ここは台湾放送史における重要な史跡なのです。旧板橋駅周辺の府中商圈はかつては板橋で最も栄えた地区でした。古くからの板橋住民にとっては娯楽の中心地。また1901年から1999年までの百年間、台鉄板橋駅は今日の府中にあったのです。今では駅は移転しましたが、さまざまな商店が府中に独特の魅力を保たせています。KTV(カラオケボックス)、B級グルメの店、レストラン、大型商業施設、衣料品店がにぎわいを作り、板橋は街歩きが楽しいところ。10月末のハロウィーン仮装パーティーは府中商圈の一大イベントです。鉄道の地下化に伴い、旧板橋駅の建物はすでに姿を消しましたが、府中商圈では当時の板橋駅の名残を見ることができます。20世紀の幕が開けた年、台鉄の路線が、大漢溪溪北の新荘経由から溪南の板橋経由へと変わり、後に板橋が新北市の市庁所在地となる発展の基礎が築かれました。 そして世紀末の鉄道地下化は、この地区の発展をさらに後押ししたのです。「府中15」は台湾初の映像アニメーション芸術とドキュメンタリーフィルム上映館を融合したテーマ館です。発展と運営における長年の努力が実り、「府中15」はすでに映像制作者にとって作品発表の重要な舞台となっており、板橋の文化的ランドマークともなっています。「府中15」ではマスコットキャラクターの「一哥」と「五弟」がみなさんを映像の世界へご案内します!廃線を改修して作られた県民大道を東北の方角へ歩くと、800m行ったところにある新板橋駅は、多数の路線が乗り入れる大型商業施設に発展しています。25階建ての新駅には高鉄、台鉄、MRT板南線、MRT環状線、板橋バスターミナルが集まり、地下道と空中回廊でたくさんのオフィスビル、商業施設、ホテルとつながっており、名実ともにビジネスの中心です。また板橋で最もゴージャスなスカイラインが形作られています。新板特区にはたくさんの摩天楼があり、高層階から都市を俯瞰するにはもってこいです!140.5mの高さを誇る新北市政府庁舎は「高身長の優位」を生かし、32階に無料の展望台を設けています。専用エレベーターが32階に直通しており、360度全面ガラス張りの窓から観音山、淡水河、台北101までを目に収めることができ、板橋区の摩天楼、板橋駅がすぐ目の前に迫ってきます。府中ー新板を散策すれば、鉄道の変遷が板橋にもたらした種々の変化を感じることができるのです。
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        出発!三峡客家文化のディープな一日体験
        三峡について真っ先に思い浮かぶのは、「客家、藍染め、老街」の3つのイメージでしょう。三峡の旧称は「三角湧」で、「湧」とは台湾語で水が波立つという意味があります。横渓、三峡河、大漢渓という3本の河川がここに集まり、一面の三角平原が形成されました。地名の通り、100年来の特質である——水源が十分で平川が広く開けていることを表現しています。豊かな自然環境を背景に、三峡の客家移民たちは染め物、茶、樟脳の事業に従事していました。また、川が縦横に流れているため、大量の布を輸送することができ、染め物業が盛んになりました。三峡を知るには、まず藍染体験から始めましょう。昔の三角湧街(現在の「三峡老街」)を散策したり、新北市客家文化園区を訪れたりして、客家文化の今昔の移り変わりを感じてみるのもいいでしょう。▲三峡はかつて藍染産業の重鎮であった。(写真提供:甘楽文創のライセンス提供)藍染め産業の重鎮、客家文化の一環丘陵が多い三峡は藍染めの原料となる植物「リュウキュウアイ」(大菁)の栽培に適しており、また河川が集中していることからすすぎや河川輸送にも適していました。客家移民はこの素晴らしい地の利を用いてこの地の宝を輝かせました。化学染料が導入され普及するまで、かつてこの地は染物屋が立ち並ぶ隆盛期を誇りました。今でも、三峡老街を訪れると、昔の染物屋の看板が高く掲げられているのを目にすることができまする。少しずつ変化していく文化を守るため、帰郷した青年たちは地方創生の理念を抱いて、三峡老街の隣の清水街で100年の古民家を借り受け、協力し合って「甘楽文創」社を設立しました。ここでは伝統工芸体験を提供しているほか、地元の食材を活用した食堂もあります。▲ 甘楽文化創の庭園には大きな木があり、緑豊か。100年の古い家と互いに寄り添っています。甘楽文創の藍染めDIYに参加しましょう。講師は三峡の藍染めの歴史から始め、藍染めの原理と技術を説明します。様々な縛り方の技法で布の模様を決め、それぞれの模様をデザインしたら次は伝統的な大染壺に浸けます。軽く生地を揉み、最後に布の縛りをはずし、風通しの良い場所で干して染色液を酸化させると、次第に青く発色します。▲ 縛った布を染壺に浸け、軽く生地を揉む。(写真提供:甘楽文創のライセンス提供)藍染シャツは摩擦や汚れに強く、また繰り返し染色することができ、以前からファミリー層に広く人気です。三峡の客家文化の一環として、全面的な体験を通して、新たな視点から藍染めが三峡に残した特別な意義を探ります。表面的な生活工芸だけでなく、客家民族が守り続けてきた素朴さも備えています。この素晴らしい工芸を三峡に定着させ伝承していくため、現在、多くの地元の染物屋が体験コースを設け、三峡藍染めフェスティバルを開催しています。▲ 風通しの良い場所で干して染色液を酸化させる。(写真提供:甘楽文創のライセンス提供)👉 甘楽文創 藍染め体験DIY 申し込み注意事項.6名以上で開催、3日前までに予約申込が必要.レッスン時間:午前の部10:00 (休日限定)/午後の部14:00 (平日、休日).実際の状況は主催者に準じます閩南と西洋が融合した特色のある老街、本場のグルメ探訪藍染め体験の後はすぐそばにある三峡老街の旧跡をめぐり、おいしいものを食べてみてはいかがでしょう。峡老街を歩いていると、まるで時空旅行をしているかのように炭鉱や樟脳を輸送している光景を見ることができます。川岸の山に面したこの集落は古代ギリシャの柱様式式、古代ローマのアーチとバロック装飾が融合しており、延々と続く赤レンガのアーケードは観光客必見スポットとなっています。▲ 三峡老街は地形に沿って建てられたS型の通りで、赤レンガのアーケードは観光客必見スポットです。三峡老街の定番グルメは金牛角だけではなく、オリジナルの金牛角アイスクリームも見逃せません。盛り付け用に改良された牛角カップはサクサクの食感。アイスクリームのフレーバーも数種類から選べます。残暑が厳しい日もアイスクリームがあれば快適。昔ながらの製法で作られた手作りの豆花、独自のニンニク味のタレをかけた米血、漢方薬と野菜・果物を煮込んだ滷味も定番メニューのひとつです。プチプラグルメを楽しみましょう!▲有名な三峡金牛角には、金牛角アイスクリームといったアレンジ商品が多く開発されています。👉 もっと見る:三峡老街散策ガイド(三峡老街商店街オフィシャルサイト)客家の歴史、文化、芸術の集大成、遊びながら学ぶ場所お腹がいっぱいになったら三峡老街から車で10分余りの「新北市客家文化園区」へ出かけてみてはどうでしょう?目に飛び込んでくる土楼式円形建築は禾埕(客家語で「穀物を天日干しする場所」の意)や通廊などの客家建築の要素を融合させて造られました。外壁の弾痕、高所にある望楼は、すべて外部からの侵略を防ぎ、抵抗する役目があり、景観上の特徴も豊かです。▲ 土楼式建築は外観が目を引くだけでなく、客家建築の要素も融合して作られています。新北市客家文化園区に足を踏み入れると、台湾客家の歴史や文化を主軸に展示されています。常設展の文物展示は服飾、器、芸術の多様な角度から紹介されています。客家のイメージを芸術作品に融合させた陶磁器精品エリア、伝統的な服飾展示、さらには藍染や花布をバービー人形と組み合わせた展示もあります。斜め襟、組み紐のボタン、幅広ズボンなどの特徴を生かした唯一無二の客家バービーを生み出しました。このほか不定期のゲスト芸術家特別展もあり、新北客家が流転の中で生み出した芸術を展示しています。👉 もっと見る:新北市客家文化園区の今期展示▲現在の展示については新北市客家文化園区の公式サイトで検索することができます。園内のレストランでは、「塩、香り、脂」が食欲をそそる定番の客家料理から、蒸しパンやおもちなどの軽食までそろえています。新北三峡客家文化を一通り体験したいなら新北市客家文化園区を訪れれば充実した時間を過ごせます!
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