淡水親子知性の旅:文化資産と女子教育

アンカーポイント
1885
タイプ:
MRTで新北を周遊、親子コース、屋外で自然に親しむ、レトロな老街の旅
旅行日:
一日ツアー
適合對象:
公衆、親子、カップル、高齢者

推薦路線

Day

      紹介

      アンカーポイント
      風光明媚な淡水は、19世紀後半に北台湾と世界を結ぶ窓口でした。 国際貿易の発展は淡水の黄金時代を築き、貿易商や宣教師を通じて、西洋の商品や思想が淡水にもたらされ、台湾へ浸透しました。 台湾初の女学校、初の西洋式病院、初のゴルフ場はいずれも淡水で誕生し、台湾社会の容貌を一変させました。

      休日には家族一緒に淡水を訪れ、得忌利士洋行(Douglas Lapraik & Co.)の淡水古蹟微型博物館でゲームを通して淡水の文化財について学んでみてはいかがでしょうか。淡水港の開港が台湾に与えた影響を子どもたちと探るために、姑娘楼、牧師楼、馬偕記念館を訪れました。滬尾(フーウェイ)芸文レジャー公園や淡水ライトレールの童心に帰ることができるパブリックアートをのんびりと散策し、新時代の淡水の芸術文化に浸ってみましょう。
      淡水古蹟微型博物館

      1860年の台湾開港後、淡水は台湾北部で最も国際的な商業港となり、多くの海外業者が淡水に拠点を構えました。 淡水の老街の端に位置する得忌利士洋行、徳記、和記、怡記、寶順は淡水の五大海外事業者と呼ばれています。得忌利士洋行は国際貿易だけでなく、19世紀末の台湾海運業界の巨人であり、台湾の国外海運事業を掌握し、それが開港後の淡水の発展につながりました。

      得忌利士商行

      この歴史的に重要な海外企業の建物は、淡水の過去の繁栄を紹介するのに最適なスポットです。 1年の準備期間を経て、常設展「淡水古跡ミニチュア博物館」が得忌力士洋行に登場し、淡水紅毛城、旧清淡水関税務司官邸、淡水税関埠頭、淡水街長多田栄吉の旧邸宅、滬尾炮台、淡水日本人警察官宿舎、デ得忌利士洋行、淡水崎仔頂施家古跡、公司田渓程氏古跡、淡水日本人人実業家中野宅、淡水木下静涯旧邸、滬尾小学校講堂など、淡水の12の文化財を紹介しています。
      淡水古蹟微型博物館

      このミニチュア博物館では展示品を政治、軍事、商業、学術の4つのカテゴリーに分け、それぞれの歴史物語と組み合わせてインタラクティブなゲームに変身させています。 楽しく好奇心をくすぐる方法で、子供たちはイースターエッグのゲームで淡水の古跡について簡単に学ぶことができ、昔の淡水の様子を想像するきっかけとなります。
      淡水古蹟微型博物館

      真理街の坂道を上って真理大学のキャンパスに入り、財経大楼を抜けると、100年以上の歴史を持つ2棟の赤レンガの建物が並び、緑の木々を背景にさらに優雅に見えます。建物の前の庭には緑の芝生が広がり、森のすぐ後ろには淡水河と観音山が見えます。この同じようなスタイルの2つの回廊式の洋風建物は、1906年建設の姑娘楼と1909年建設の牧師楼に分かれています。
      牧師樓與姑娘樓

      どちらの建物も吳威廉牧師が自ら設計・監督し、建築材料にはアモイのレンガと福杉を使用しています。姑娘楼は元々、台湾初の女子学校である淡水女学校の校長・金仁里先生と婦女学堂の高哈拿校長の居室として提供されたもので、台湾の近代女子教育を見ることができる重要な史跡です。現在は真理大学の学長室として使用されています。牧師楼は呉威廉牧師の居所で、ピアノが置かれたフロアはかつて映画『言えない秘密』の舞台として有名になりました。
      牧師樓與姑娘樓

      姑娘楼と牧師楼の隣にある白い建物はかつて馬偕博士ことジョージ・L・マッケイ博士の住居であった馬偕記念館です。1875年に馬偕先生自身が設計したスペイン風の白い壁が特徴的なコロニアル建築は、湿度が高く雨の多い北台湾の気候にとても適していました。馬偕博士はここで結婚して子供をもうけ、1901年に亡くなるまで台湾人の妻の張聡明と一緒に暮らしました。
      馬偕紀念館


      馬偕は1872年、得忌利士洋行の船「海龍号」で高雄から淡水へ渡り、その後数十年間、台湾北部で伝道師、教師、医者としての道を歩むようになりました。宗教、教育、医療の各分野で多くの人材を育てた馬偕は、台湾の女性が男尊女卑に起因する社会的な制約を受けているという問題意識から、台湾における女子教育の先駆けである淡水女学堂を開校しました。 馬偕の妻の張宗明も女学校の英語教師であり、二人とも台湾の女性教育史における重要人物です。
      👉馬偕記念館内部は事前予約が必要です。真理大学校史館(02-2621-2121)までご連絡ください。

      馬偕紀念館

      1879年末、馬偕と共に母国カナダに帰国した張聡明は、アモイ、香港、シンガポール、インド、中東、エジプトのピラミッドを経て、エルサレムの嘆きの壁に訪れた後、アレキサンドリアを経由してイタリアのポンペイ遺跡、ローマ、バチカンを訪れ、フランス、イギリスを経てカナダに到着、馬偕とともにカナダでの任務と募金活動の報告を終えた後、アメリカ、日本を経由して台湾に帰国、張聡明は台湾人女性として初めて世界一周の偉業を成し遂げたのです。
      馬偕紀念館

      淡水河沿いの木の桟道を散歩中、紅毛城を過ぎるとすぐに、真っ白な滬尾芸文レジャー公園が右手に見えてきます。幾何学的で左右対称に近い建物は、淡水のアーチ型西洋建築のデザインを反映しており、数え切れないほどの観光客が写真を撮りに訪れています。滬尾芸文レジャー公園は、ヨーロッパの有名ホテル、ショッピングモール、映画館、スカイガーデンを併設しています。ショッピングモールで腹ごしらえをした後は、3階のスカイガーデンに来て、1,000坪の芝生に家族で腰を下ろし、八里左岸と観音山を眺めながら淡水に沈む美しい夕日を鑑賞することができます。
      滬尾藝文休閒園區

      バスで淡海ライトレール「漁人碼頭駅」まで行き、絵本作家ジミーの絵本の要素を取り入れた淡海ライトレールに足を踏み入れ、 癒しの絵本のキャラクターたちが一緒にライトレールに乗って、『ほんの少し目を閉じて』みたら、アクアマリン色のライトレール車両があなたの夢の国、そして暖かい家へいざなう旅が始まります。
      1024x768_3cd6187f-9335-49e7-95ed-5503570aec04

       
      day01
        前へ
        桐花写真撮影付き土城樹林日帰りツアー
        春夏が入れ替わる途中の5月では、新北土城一帯の丘陵地にまるで白い雪のような桐の花を咲かせます。緑に覆われた山が雪化粧をすると、香り漂う桐の花びらが風に吹かれながらひらひら舞い落ちる姿はまるで雪が降っているようで詩や絵の世界を連想させます。油桐は日本統治時代に中国南部から導入され、台湾中北部の低海抜の山で広く見られます。かつては客家人の重要な経済作物であり、早くからペンキや家具の重要な原料として利用されていました。新北市客家桐花祭は每年4、5月に開催され、山林ウォーキングや雪のような桐花鑑賞、そして、100年の歴史を誇る周辺の秘境駅巡りを楽しむことができます。樹林の百年駅効率を追い求める時代、人は出来る限りA地点からB地点までの時間を短縮し、目的地までの早さを重視するあまり、途中の景色は無視されてしまいがちです。休日は、通期中に車内放送で聞いたものの、降りた事がない駅をゆっくりと散策してみましょう。樹林と鶯歌の間に位置する山佳駅は1903年に開業し、既に120年の歳月が経過しています。当初は「山仔脚停車場」と呼ばれ、石炭の運送という重要な役目を担っていました。駅周辺には当時の炭鉱遺跡(大豊石炭1号鉱山、2号鉱山)があり、樹林地区の石炭採掘の歴史を垣間見ることができます。新北市の市定古蹟である二代目山佳駅は、和洋折衷型のレンガ造りで、に保温統治時代に見られた優雅な外観を保っています。三代目の山佳新駅と隣接していますので、新旧が揃っています。山佳駅は台湾鉄道の七堵から新竹までの区間において唯一日本統治時代に建てられた駅であり、鉄道ファンなら見逃せないスポットです。駅構内の展示スペースには廃材で復活したミニチュア版山佳駅や光復当時の台湾鉄道の時刻表、日本統治時代の鉄道旅行のパンフレットなどが展示され、ノスタルジックな雰囲気が漂っています。駅周辺の山佳街を散歩すると、沿道の壁には農地の牛車、伝統的な理髪店など当時の台湾の光景のほか、恐竜やタイワンツキノワグマなどの3Dアートなど現地の文化と融合したカラフルな絵が見られます。ここは山佳の地元住民が鉄道周辺の空地の活用のために建設した鉄道地景公園です。2017年には35H1304型ブラックホッパー車両や及DL1044型貨車移動機が展示されるようになり、山佳の歴史的な姿を保っています。土城山区アブラギリ鑑賞大漢渓を越えて南岸の土城区を訪れると、最も標高の高い天上山の麓にはアブラギリの花が咲き誇っています。山が雪のような白で覆われ、遠くから訪れた人の心に残る新北のアブラギリ鑑賞スポットの一つです。山の中にある桐花公園は毎年開催される新北桐花祭りのメイン会場です。自動車の場合、桐花公園第1駐車場、第2駐車場から公園に入って花見を楽しむか、承天禅寺歩道か桐花公園まで歩きながら写真撮影もできます。🚌公共交通機関を利用する場合:MRT永寧駅から藍(青)43番南天母行きまたは藍(青)44番のバスを乗車して「登山口」で下車すると、桐花公園の 牌楼 ( はいろう ) (鳥居に類似した建物)が見え、登山道へ入ることができます。承天禅寺歩道は朝山歩道、南天母歩道、廣欽老和尚歩道とも呼ばれています。廣欽和尚に建てられた承天禅寺は、寺院までの歩道の原石は1960年代に敷き詰められています。遊歩道沿いには仏菩薩の名前が刻まれた40以上の石碑や石柱が見られ、遊歩道の両側は緑が豊かで木々が生い茂げ、素朴で荘厳、静かな雰囲気に包まれています。道中では時折、山に向かって巡礼する人の姿が見えます。承天禅寺歩道の道中にはアブラギリの木が点在し、静かで厳かな承天禅寺へと続いています。ここではアブラギリの花を鑑賞できる高台があり、台北盆地と観音山の美しい風景を一望できます。承天禅寺と桐花公園の間のコースは全長600メートルのホタル観賞歩道は、美しい模様が描かれた石造りの遊歩道です。遊歩道を歩いていると蝶がひらひらと舞い、音を立てて流れる水と鳥の鳴き声が、自然の交響曲を奏でます。近年は生態系の復元が成功し、夜になるとホタルが夜空の星のように輝きを放ちます。桐花公園は毎年開催される新北桐花祭りのメイン会場です。公園内には100株近くのアブラギリが植えられ、毎年4月、5月に満開を迎えると、公園全体の地面、階段、植物の葉、木製の床などが全てアブラギリの花に覆われる、新北の花見の聖地です。桐花公園内には屋外ステージや観客席、休憩所、土城市街地を一望できる展望台、数か所の東屋に加え、太さが20センチにも満たないロープを渡って密林を越える、スリリングな三角吊橋があります。公園の遊歩道で雪景色のようなアブラキリの花を鑑賞したり、アブラキリの花が木から舞い落ちる姿を眺めたり、散った花を集めて伝えたい言葉やハートマークを作ったり、アブラキリの花を手に自撮りしたりなど、都会の喧騒をしばし忘れて、初夏の山林風景を散策を楽しむことができます。
        続きを読みます